MASLD:
代謝異常関連脂肪性肝疾患

NAFLDからMASLDへ
病名変更

 脂肪肝の領域では急速に病名変更が行われ、混乱を来さないように、歴史を振り返ってみます。肝臓学の世界は、20世紀後半はアルコール性肝障害が牽引してきたといえます。1978年には、高田班によりエタノール換算で60g以上をアルコール性肝障害(alcoholic liver disease:ALD)と定義しました(以下、男性の飲酒量で記します)。小生も、日本のアルコール研究で世界をリードしていた慶應義塾大学医学部名誉教授 故・石井裕正先生の研究グループに従事し、最年少として勉強させていただきました。1980年にMayo ClinicのLudwigらが,飲酒歴がない脂肪肝に線維化が進行する疾患があることを非アルコール性脂肪肝炎(non-alcoholic steatohepatitis:NASH)と命名し、1985年にSchaffnerらがNASHに進展する疾患群を非アルコール性脂肪肝疾患non-alcoholic fatty liver non-alcoholic fatty liver disease (NAFLD)と定義しますが、1989年C型肝炎の発見と同時に、ウィルス学へ関心が向けられてしまいます。NASHやNAFLDが注目を集めたのは,1998年に米国国立衛生研究所(National Institutes of Health:NIH)により,原因不明の肝硬変としてNASH疾患の重要性が宣言されてからです。その後の研究は、アルコール学で確立した手法を非アルコール学で応用する形で研究がすすめられました。C型肝炎の経口薬が登場して以降C型肝炎の患者は減り、アルコールや非アルコール性肝障害を中心とした代謝性肝疾患がメインですが、この当時に肝臓学を学び出した私に、”必ず代謝性肝疾患の時代が来る、アルコール学が必ず役立つ”とアルコール学の重要性を説いて下さったのが、石井裕正先生でした。2018年には、欧州肝臓学会から、エタノール30g以上をアルコール関連肝疾患(alcohol-related liver disease:ARLD)と定義、同時期に精神科領域でも、アルコール依存症を使用障害と呼ぶ動きも後押しした結果、より早期から介入し減酒を治療概念として認める動きが始まりました。2020年には世界22か国32名の専門家からなる国際専門研究班が、代謝異常を併発した脂肪肝患者をハイリスク集団としてとらえる脂肪肝の新たな疾患概念として代謝異常関連脂肪肝(metabolic dysfunction-associated fatty liver disease:MAFLD)を提唱しました。

MAFLDは、脂肪肝に加えて

  1. 過体重・肥満(日本人ではBMI≧23 kg/m2)
  2. 2型糖尿病
  3. 痩せ・正常体重で2項目以上の代謝異常(高血圧症、内臓脂肪蓄積、耐糖能異常、脂質異常症)を認める

上記のいずれかが併存している場合に診断されます。NAFLDは過剰なアルコール飲酒や他の既知の慢性肝疾患を除くとした除外診断である一方で、MAFLDは他の慢性疾患とより共存し得るため、除外診断ではなく陽性診断によって定義されています。代謝異常は脂肪肝の病期進展にかかわる重要な危険因子であり,その危険因子を組み入れたMAFLD基準は、ハイリスク脂肪肝患者の同定に有用と考えられていました。一方で、この基準では、ALDとNAFLDを区別する飲酒量は関係なく、B型肝炎やC型肝炎といったウィルス性肝炎の合併も区別されません。そこで、こうした問題を解決するべく、2023年6月 欧州肝臓学会、米国肝臓学会、ラテンアメリカ肝疾患研究協会が合同で、代謝異常関連脂肪肝性肝疾患(metabolic dysfunction-associated steatotic liver disease:MASLD)を発表しました。同年9月には日本消化器病学会、日本肝臓学会も呼応してこの動きに賛同し、日本でもNAFLDからMASLDへ病名変更しております。

脂肪肝に加えて

  1. 人類差を考慮したBMIあるいは腹囲 高値
  2. 空腹時血糖100㎎/dl以上、HbA1c5.7%以上、2型糖尿病の診断や治療
  3. 血圧130/85以上、高血圧の治療
  4. 中性脂肪150㎎/dl以上、高脂血症の治療
  5. HDL-C40 ㎎/dl以下、高コレステロールの治療

のいずれかが併存した疾患群をMASLDと定義しました。分類困難であった、薬剤性の脂肪肝Specific aetiology SLDや病態が異なるやせ型脂肪肝Cryptogenic SLDも定義されています。アルコール性については、元来のアルコール関連肝疾患alcohol-related liver diseasewをALDと称しエタノール60g以上として、新基準エタノール30-60g群をMetALD(MASLD and increased alcohol intake)と定義した点が重要です。大酒家といえない中等量飲酒群を今まで病態定義できなかった為、今後はこうした人達にどのような医療提供が出来るかが問題になります。最後に、脂肪肝を、SLD(Steatotic liver disease)と総称し、一括りにしています。
現在考えられているMASLD名称の問題点としては、まず、女性飲酒量の定義の問題があります。女性のMetALDはエタノールで20~50gとされ、女性のALDが40g以上のため、飲酒量40~50gがoverlapしている点です。まだ、metabolicの部分が、日本特有のメタボリック症候群と紛らわしい点も気になります。当然、日本人の体質に適切なのかどうかは検証が必要です。改善点としては、fatty やalcoholic という表現に対するスティグマが解消された点。NAFLDとALDの中間群を病名化した点。そして、これは当然なことでしたが、代謝異常の一環として脂肪肝を位置づけることで、より心血管代謝リスクを含めた全身管理の重要性がフォーカスされた部分は、今後の医療の発展において重要事項です。

MASLDへの
未来志向型クリニック戦略

 MASLDに病名変更され、脂肪肝を生活習慣病の一環として捉える動きがありますが、小生の脂肪肝外来では、元来、そうした視点から取り組んでおり、病名変更があろうと診療スタンスは変わりません。MASLDには確立した治療法はなく、基礎疾患合併例では、糖尿病や高血圧、脂質異常症の治療が優先されます。まずは、食事運動療法から入り、後述するスルフォラファンの導入や薬物療法を考慮していきます。何より、脂肪肝の原因は多岐にわたるために、患者さん一人一人の現状を理解し、何が優先度の高いものかを判断することが重要と考えます。

  • その1:体重の増加に伴う生活習慣病の悪化はないか
  • その2:アルコール飲酒はどうか
  • その3:果糖の取り過ぎはないか
  • その4:運動不足や過度のダイエットによる、筋肉量ないし筋肉の質の低下はないか
  • その5:睡眠障害などの自律神経障害の可能性は
  • その6:定期的な内服薬に脂肪肝を悪化する要素をないか

 中でも食べ物の偏食や多食、運動不足、アルコール多飲からきているケースが多いです。食事においては、果糖やショ糖などの過剰摂取、間食を控えることで改善します。運動は、有酸素運動と筋力トレーニング、ストレッチをバランスよく取り入れることが重要です。当クリニックの特徴として、体成分組成計InBodyを毎診療時測定します。計測は、素足で行い電流を流すために、靴下を脱げるようにしておいてください。
 MASLDの中で最も多い生活習慣病は、脂質代謝異常の合併です。動脈硬化の観点から、悪玉コレステロールであるLDL-Cの管理が重要視されますが、最近の脂肪肝研究では、中性脂肪(TG)が肝臓に沈着する病態が脂肪肝であることよりTGの管理も重要であることが分かってきました。小生も2024年にペマフィブラートという中性脂肪を下げる薬で脂肪肝を改善するデータを論文化しました。LDL-Cは動物性脂肪や乳製品、卵類が影響しているのに対して、TGは脂肪摂取量に加えて、果糖やショ糖の制限、節酒等も関り、青魚に多いオメガ3が効果的である事も分かってきました。
 次に、MASLDの患者に多くみられるものにインスリン抵抗性をベースにした糖尿病の合併です。最近では、膵臓からのインスリン分泌を促すインクレチンが注目され、DPP-4阻害薬やグルカゴン様ペプチド-1(GLP-1)作動薬が登場しました。GLP-1はやせ薬として自費診療で乱用された経緯もあり注目を浴びましたが、胃内容物の遅延や満腹感などの脳内伝達も促すため注意が必要です。グルコース依存性インスリン分泌刺激ポリペプチド(GIP)受容体及びGLP-1作動薬であるマンジャロにも大きな期待感があります。週一回の注射剤ではありますが、しっかりとした血糖降下作用に加えて、GIP特有の骨吸収抑制効果もあり、メタボ・ロコモ同時管理を掲げる当クリニックには最適と考えられ、積極的な導入を行っています。また、イメグリミン(ツイミーグ)も新規糖尿病薬ですが、ミトコンドリア改善機能もあり、血糖に対しては緩やかながら、むしろ脂肪肝改善や管理には有効と考えています。

 こうした生活習慣病管理、FibroScan測定を3か月に1回の診療間隔を基本ベースとして行っていきます。(新しい内服の開始や病態によっては間隔を狭めます)糖尿病評価を行うHbA1cという採血項目は過去1~2か月の血糖変動を表すこと、FibroScan測定も毎月の変動を見るより3か月に一回測定の方が成績が良く、また保険収載でも3か月に一回とされている点からも、小生の外来間隔が以前より3か月に一回で行っているのは理にかなっています。医療に対する国の方針も、より長期の処方をすすめ、医療費を削減する方向にあるので、当クリニックのやり方は国の政策にも合致していると思います。来院時には必ず採血検査で即時に結果を伝え、投薬の調整を行ったり、年に一度の腹部エコーや動脈硬化検査、胃カメラ検査などをすすめて全身の病態評価に努めます。体重、身長、InBodyによる体組成(筋肉量、脂肪量など)データは、InBodyアプリをダウンロードして頂くことで、患者さん自身が自分のデータを管理できるようにしています。
 今後、医療DXが進み、自分のデータを自分で管理する時代が来ます。ウェアラブル端末の推奨、特に当院では以前に臨床研究でFitbitを使用していた経緯から、同機器での心拍数や運動療法のモニター、睡眠の質の管理などを勧めてきましたが、この分野は今後さらに進化していくと考えられます。ウェアラブルで血圧や血糖値が測れる時代は近未来であり、生活習慣の改善点や気付かぬうちに継続していた生活の癖を見抜くことが可能になります。医者はそれを患者さんと供覧し、アドバイスする立場にあり、つまり、私が求める、患者さんのモチベーションを向上させ、医師と患者さんが対等な立場で医療に向き合う理想的な診療体制が近未来に確立されると考えています。当クリニックは将来像をしっかり見据え、未来志向型クリニックを目指しています。