腹痛
腹痛は軽症から重症まで多岐にわたる病気が考えられ、医師の経験と患者さんからの情報が非常に重要です。
まず、内臓の炎症が腹膜にまで及んでいる状態を腹膜炎といい、医師はその腹膜炎の有無を判断する腹膜刺激症状がないかを疑います。
反跳痛
腹痛部位を指で3~4㎝押し込んで、速やかに指を離します。指を離す際に痛みが増強するため、腹部を指で押す時よりも指を離す時の痛みの方が強いのが特徴です。指を離した瞬間、「うっ」と声を出したり、腰が浮きのけぞるような動作がみられることもあります。
筋性防御
部分的あるいは腹部全体が板のように固くなっており、指で腹壁を押すとその周辺の筋肉が収縮して抵抗を感じます。
板状硬(筋強直)
腹膜の炎症に反応した腹筋の無意識な緊張によるため、患者さん自身で制御ない状態です。
打診(tapping)による圧痛
腹膜炎を起こしている患者さんの場合、腹部を軽く打診するだけで痛みを訴えます。この場合は炎症が腹膜にまで及んでいることを示すもので、「tapping陽性」といいます。ポイントは、軽い打診でも痛みがあれば陽性とみなされることです。
咳嗽試験
患者さんに咳ばらいをしてもらい、腹部に痛みが生じたり顔をしかめるなどして痛みが認められれば、咳嗽試験陽性とします。
咳嗽をすることによって、炎症が起きている腹膜が揺れて痛みを生じるものです。
こうした診察で腹膜炎が疑われた場合は、早期診断治療に向けて検査や治療を考えます。
一方で、一般的な腹痛の痛みは、痛みのメカニズムから下記の3つに大別されます。
内臓痛
消化管の収縮、伸展、痙攣、拡張などによって起こる痛みで、内臓神経(自律神経)を介して感じる腹痛です。痛みの部位が明確でなく、周期的にお腹全体が何となく痛いという波のある鈍痛で,吐き気や悪心、冷や汗といった症状をともなうことがあります。内臓痛は腸炎や便秘、腸閉塞など臓器が変形するような力が加わった時に痛みが起こります。
体性痛
内臓をとりまく腹膜や腸間膜(腸と腸との間にある膜)、横隔膜などに分布している知覚神経が刺激されて起こる腹痛です。一般に突き刺すような鋭い痛みで、場所が比較的はっきりわかり、持続的に続きます。
例えば虫垂炎の場合、最初は上腹部の辺りが痛くなり、徐々に気分が悪くなり微熱が出て右下腹部虫垂周辺が痛くなりますが、最後には差し込むように痛くなります。最初は、腸の動きが止まるので内圧が上がって蠕動運動のバランスが崩れ、内臓痛が起こります。さらに、虫垂炎が腹膜炎に及んでくると体性痛に代わり疝痛となるのです。虫垂炎や胆嚢炎などで炎症が腹膜まで及ぶとこのような鋭い痛みとなります。
関連痛
内臓からの痛みの刺激が、脊髄神経に刺激を与えそれに関連した皮膚が痛みを感じて起こる腹痛です。関連痛は痛みが鋭く、痛みの部位が明確です。お腹の表面、背中、肩に痛みを感じます。原因がある部分と神経でつながっている離れた別の部分に痛みが起こります。例えば尿管結石などでは背中の痛みや足の付け根の痛みを生じることがあります。
腹痛の鑑別診断・分類
痛む場所により、ある程度の鑑別をつけます。
上腹部で起こる痛み
心窩部(みぞおち)の痛みが多く、これは、胃、十二指腸、胆嚢、膵臓などの痛みを感じる神経が集まっているからです。
- 逆流性食道炎
- 胃十二指腸潰瘍
- 急性膵炎
- 胆のう炎
- 虫垂炎(初期)
など
下腹部で起こる痛み
腸の病気による原因がほとんどです。右下腹部痛では虫垂炎が代表的です。左下腹部痛では大腸の病気が疑われます。
腸炎の場合には下痢の症状がともなうことがあります。他に、泌尿器系や婦人科系疾患の可能性もあります。
- 急性腸炎
- 腸閉塞
- クローン病
- 過敏性大腸炎
- 大腸憩室
- 鼠径ヘルニア
- 過敏性腸症候群
- 虫垂炎(炎症波及後)
- 尿管結石
- 膀胱炎
など
腹痛の診断方法・検査
腹痛が発症した前後の状況、腹痛の性状を聴取することが重要です。
身体診察、採血・尿検査、レントゲン検査、必要に応じて腹部超音波検査、CTや内視鏡検査などを行います。
緊急性の高い消化器疾領域の疾患は以下のものを考えます。
出血を伴う疾患
第一に緊急性の高い病態として「出血」があります。出血を伴う主な疾患としては以下のようなものが挙げられます。
消化管出血
- 食道・胃静脈瘤破裂
- 胃・十二指腸潰瘍出血
- 胃がんからの出血
- 出血性胃炎
- メッケル憩室出血
- 大腸憩室出血
- 大腸がんからの出血
腹腔内出血
- 腹部大動脈瘤破裂
- 肝破裂(肝がん破裂)
- 子宮外妊娠破裂
- 卵巣出血
消化管の穿孔(穴が開く)や
臓器の破裂を伴う疾患
- 虫垂穿孔(壊疽性虫垂炎)
- 十二指腸穿孔(潰瘍)
- 胃穿孔(潰瘍、がん)
- 大腸穿孔(憩室炎、がん、特発性、虚血性腸炎、腸閉塞、潰瘍性大腸炎、医原性)
- 小腸穿孔(腸壊死、腸閉塞、潰瘍、腫瘍、異物、放射線照射後、クローン病)
- 胆嚢穿孔(壊疽性胆嚢炎)
- 食道破裂(特発性、がん、異物)
- 膀胱破裂(放射線照射後、尿閉)
- 卵巣嚢腫破裂
- 肝膿瘍破裂
放置すれば、腸管は壊死に陥り、ショックや腹膜炎を併発し重篤化します。
- 上腸間膜動脈血栓症
- 腸間膜静脈血栓症
- 卵巣腫瘍茎捻転
- 胆嚢軸捻転
- 複雑性腸閉塞(絞扼性腸閉塞、ヘルニア嵌頓、腸重積、結腸軸捻転、小腸軸捻転)
膵炎
膵臓の慢性的な炎症が続くことで、本来は食べ物の消化を助ける膵酵素が持続的に活性化され、ゆっくりと自身の膵臓を溶かしてしまう病気です。みぞおちから背中にかけての断続的で強い痛みが起こり、吐き気や嘔吐、発熱、下痢などの症状が続きます。約40%がアルコール多飲が原因で、他、胆石や免疫性、原因不明のものもあります。繰り返すことで慢性化し、慢性膵炎に移行します。慢性膵炎では、人間の体の中に出来る結石の中で最も硬いと考えられている炭酸カルシウムを主成分とした膵石が膵臓に沈着し、膵液の流れが障害されると膵炎が慢性化しやすくなります。糖尿病も合併しやすくホルモン分泌も低下し、薬で補う必要が出てきます。
膵炎の診断方法・検査
エコー検査で膵腫大や膵周囲の液体貯留がないか、膵石などを調べます。エコーは膵臓の描出が難しい場合もあり、その時は、他院でCT検査を依頼します。
急性膵炎の場合、AMYが高値になる事が多いですが、発症1-2日で下がってしまいます。よって、AMYは急性膵炎の診断基準には含まれていません。尿中のAMYやトリプシン、リパーゼといった他の膵酵素と併せて診断します。
また、AMYは膵臓(P型)と唾液腺(S型)があり、耳下腺やマクロアミラーゼ血症と言われる他の病型でもS型優位にAMYが上昇します。AMYのアイソザイム(分画)を測定する事で、P型かS型かの判別をします。
膵炎の治療
急性膵炎は様々な炎症反応物質サイトカインが産生され、命に関わる状況になる事もあります。基本、禁食の上、点滴で入院加療が必要です。
慢性膵炎に対しては、膵酵素阻害剤を中心に内服管理します。
虫垂炎
小腸から大腸に入ってすぐの部分は盲腸と言われ、そこに紐状に伸びる虫垂があります。ここに炎症が及び、腫大することを虫垂炎といいます。なんでこの臓器があるのか、昔から議論されています。善玉菌の備蓄機能があり、免疫学的な意義があると考えられていたこともありましたが、善玉菌を容易に摂取しやすい環境である昨今においては無用と考える人もいます。また、虫垂切除が、パーキンソン病や潰瘍性大腸炎のリスクの低下や下痢型過敏性腸症候群の改善と関係している可能性も言われています。
虫垂炎の診断方法・検査
問診と時間経過による症状の変化を確認することが重要です。最初に気持ち悪さや食欲低下、へそ周囲の不快感で発症します。これは、虫垂管腔の内圧が上昇すると、
この刺激が内臓求心性神経を介して、みぞおち付近に関連痛が発生します。いわゆる、内臓痛と言われるものです。その後、炎症が虫垂管腔の内側から臓側腹膜に波及すると、体性痛(鋭い痛み)に変わり、徐々に右下腹部(右の腰骨とおへそをつないだ線の外側3分の1の場所)に移動する痛みとして感知されます。これが典型的な虫垂炎の痛みです。右下腹部に急に離したときに痛みがつよくなる反跳痛(腹膜刺激兆候=腹膜に炎症のある所見)などが見られる場合や、歩いているだけで響く痛みの場合は、腹膜炎という炎症がおなか全体に広がっている可能性があり緊急性が高まります。ヒールドロップサイン(踵落とし試験)という、つま先立ちをした後、踵を床に勢いをつけて落としたときに、痛みが出現するかどうかで虫垂炎か否かを見極める方法もあります。
採血で炎症反応を確認したり、エコーで虫垂腫大を検出します。虫垂は蠕動のない盲端となる管腔状の構造物で,6mm以上を腫大と判定します。虫垂に一致した圧痛の有無(エコー下触診)とプローブでの圧迫で変形しないことが虫垂炎診断に重要な所見です。虫垂炎の難しい点盲腸の先端が背側に向かうケースや骨盤腔を含めた虫垂描出は超音波高周波でもみにくい点です。その場合は、CTで画像検査を行い判断します。
虫垂炎の治療
昔は全例手術でしたが、抗生剤の開発や発展により、炎症が軽ければ、手術をせずに抗菌薬点滴で治療するケースもあります。盲腸とつながっている入り口の部分が便の塊(糞石)で塞がれることで、内部で細菌が繁殖して炎症を起こし、うみがたまるケースや腹膜炎や穿孔を起こす可能性がある場合は、至急手術を選択必要があります。
特に上述するケースで痛みが強い場合は、早めの外科処置が必要であり、手術が必要となるケースは、当クリニックでは連携施設にご案内します。